トップページへ戻りますいつかみた風景

 
夜の海

生きていると幾度となく袋小路に迷い込む。あの時もそうだった。
もう随分昔のことだが、新しく仕事を始めて意気込んでみたものの、思いが空回りするばかりだった。そんな時一人の青年が私の前に現れた。
彼の行動は、それまでの私の「生き方」の枠に収まらなかった。彼は次々と私が築き上げてきたものを、壊していった。
深夜に突然やって来た。無理やり私を助手席に乗せ、暗闇に向かって走り出した。細い道だろうと急カーブだろうとおかまいなしに、猛スピードで走り抜けた。一つ間違うと死が待っているかも知れない闇の中を、どこへ向かうともわからず、ただ疾走した。それは恐怖心を通り越して、爽快ですらあった。
2時間ほど走って、車は海辺の深夜レストランに止まった。
窓際の席で、暗い海を見ながらビール飲んだ。黙ってただぼーっとして、海の向こうが白んで行くのを眺めていると、私の中で何かが崩れていく音がした。
彼の行動に何か意味があったのか。単なる気まぐれだったのか。私に、暗い海が生まれ変わる様を見せたかったのか。私は聞く必要もなかったけれど、たとえ聞いてもきっと答えは返ってこなかっただろう。
やがて青年は、私の前から姿を消した。私には、暗い夜の海だけが残った。
(02.03.22)