遅れ桜
校庭の横を通ると、頭上からハラハラと花びらが降りかかる。
桜の大木はフェンスを越えて、その枝を歩道にまで伸ばしている。広げた掌に一枚また一枚舞い落ちる。そっと包み込めば、またしても思いは巡る。あの時もこんな風に遅れ桜が散っていた。
中学の恩師の見舞いに行こうと、昔の仲間に誘われた。
中学3年の担任は、数学の教師だった。とにかく厳しかった。数学が大の苦手の私は、散々だった。それでも不思議と気にかけてもらっていたし、私は私で厳しさの奥にある熱いものに惹かれていた。
中学を卒業しても、親交が途絶えることはなかった。私が教職の道を選ばなかったことをいつまでも責め、夢ばかり追い求めずに、もっと堅実に生きろと叱咤する手紙をもらった。その熱い部分は、変わることはなかった。
重病だとは思っていなかったので、仲間の誘いを断った。
病院のベッドに横たわる、さみしいあの人を見るのは嫌だった。退院されれば、元気な姿を拝見できると思っていた。
けれど恩師は、そんな私の思いを裏切って、桜のようにあっけなく逝ってしまわれた。肺癌だった。
私は恩師の手紙に返事を書くために、生きてきたような気がする。それまで自分を奮い立たせていたものを失った私は、崩れ落ちてしまった。
あの時見舞いに行っていれば、もしかしたらこんなことにはならなかったのでは・・・。そんな根拠のない悔恨に、一時は自分を失いそうになった。
けれどあの人は、ただ長らえるだけの生を、きっと望んではいなかったはずだ。熱く燃えるような生き方をせよと、いつも言い聞かされていた。
桜は毎年時を違わず咲く。そしてたとえ惜しんでも、自らの命を断ち切るように風に散っていく。それはまるであの人のようではないか。それなのに私は、不甲斐なく日々を生き延びている。
手の中の花びらを握りしめ、また今年も無駄に生きてしまったとため息をつく。
そんな私に遅れ桜は、恩師の言葉のように舞い落ちる。
(02.04.08)
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