ほたる
音さえも吸い込んでしまいそうな夜に、スーッと小さく灯る。灯ったと思えば消える。淡い光はそれをくり返しつつ、深い闇を彷徨っているように、飛び交う。
聞こえてくるのは、小川のせせらぎだけ。人の歓声も夜にとけ込んで、耳に入らない。
ホタルは、まるで幽玄の世界へいざなうかのように舞っている。短い命の儚さを、飛ぶことで燃え尽きようとでもするかのように、乱れ舞う。
子供の頃には、油を採るために菜種を栽培していた。枯れた菜種から、その種を落とした茎を何本か集め、結わえてほうきのようにする。それを長い竿の先にくくりつけてホタル取りに行った。つかまえたホタルを、ガラスの瓶に入れる。部屋を真っ暗にして、頭元に置いて眠る。そこだけほのかにあかりが灯り、夢の中へと入って行ける。蓋の隙間から逃げ出したホタルが、一匹二匹部屋の中を舞いながら・・・。
朝目覚めた時に、光を放ってしまったように、ホタルは息絶えている。
子供心にも、夢が消えたような胸のうずきを覚えた。
Yさんは、子供の頃に母親と見たきりだと言っていた。今ではもうホタルなんて飛ばないと・・・。届けてあげようと、私は冗談で言った。
Yさんの部屋の中をホタルでいっぱいにして、帰りを待っていてあげよう。
そしたら私もホタルになると、Yさんは笑った。
そんな子供じみた話をしていたけれど、ホタルを届けてあげられないまま、Yさんはいなくなった。一人になってしまったと、最後に一言残して。
飛びつかれたホタルのように、私の中に光を放って消えていったYさんは、永遠に消えることのない光を、手に入れたのだろうか。
ホタルになって毎年会いに来てくれるのだろうか。Yさんのさみしい心のように、ホタルはあかりを灯す。
ホタルの飛ぶ夜は、Yさんを思い出す。
(02.06.11)
|