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名もなき星

岩本さんと出会ったのは、まだ夢を見ていた頃だった。
児童文学作家として、何冊もの作品を出版されていた。どういうきっかけだったか忘れてしまったけれど、手紙のやりとりをしていた。二度ほどお目にかかり、サイン入りの本も何冊かいただいた。

ともすればきれいごとになりがちな児童文学で、岩本さんの作品はどれも等身大の子供が描かれ、読んでいてもつい引き込まれた。
子供だって大人と同じように、卑怯だったり計算高かったり、時にはとても意地悪だ。子供だからといって、いつも明るく元気なわけではない。子供を一人の人格を持った人間として描いているところが、とても好きだった。

岩本さんは、胸を病んでいた。テーマソングだといって、手紙に「昴」の歌詞が書いてあった。お返しに「明日に架ける橋」を送った。
その後私は夢をなくし、岩本さんともいつか疎遠になってしまった。

どうされているのだろう。
消息がわかるかもしれないと思い、検索してみた。新しくわかったことは、私の知らない作品が何冊も出版されていたこと、年齢が70歳を越えていること。それくらいだった。今でも京都にお住まいかどうか、消息がわかるような記事はなかった。でもそれでいいのかも知れない。

今も京都の狭い路地を入った家で、子供たちのために小説を書いている、そんな岩本さんの姿が浮かぶ。それは「昴」の歌詞そのもののような気がする。
もちろん岩本さんは「名も無き星」ではない。それでも児童文学という、一般の人には馴染みの少ないジャンルで自分を貫くのは、無数に散らばる星の輝きに似ているかもしれない。

胸を病みながらも夢を追い続ける、夜空にきらめく小さな星。
岩本さんは、きっとお元気なのだろう。そんな気がする。


呼吸(いき)をすれば胸の中
木枯らしは吹き続ける
されど我が胸は熱く
夢を追い続けるなり
嗚呼 さんざめく名も無き星たちよ
せめて鮮やかにその身を終われよ
我も行く 心の命ずるままに
我も行く さらば昴よ      (昴/谷村新司)



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