手紙
こんなところに彼がいるはずがない。そう思っても、私は知らず知らずの内に足早になっていた。大阪駅の人混みに友達の後ろ姿を見たような気がした。
見失わないように急いで後を追いかけた。うなじから肩にかけてのあの丸みは昔のままだ。私はなぜかドキドキしていた。
最後に彼に会ったのはいつのことだったろう。あれは彼が斑鳩の発掘に参加していた時だから、まだ20代の頃だろうか。
高校の時から歴史や古典にひどく熱中していた。大学で考古学にすっかりのめり込んでしまった。卒業後も定職に就かず、各地の発掘調査に参加していた。
私には苦手な分野だったが、夢中で話す彼の目の輝きを見るのが好きだった。彼を通して悠久の古代を感じ取っていた。
息を切らしてやっと追いつき声をかけようとしたその時、私は言葉が出なかった。
私は一体何をやっているのだろう。私が友人だと思っていたのは、20代の青年だった。
彼だけが年をとらず、20代のままであるはずがない。それに第一彼がここにいる筈がなかった。彼は・・・。
彼から手紙が届いたのは、私の誕生日の数日後だった。簡単なお祝いのメッセージのあとに、「友達でいてくれたことを感謝する。」と走り書きされていた。
私は胸騒ぎに苦しくなった。筆まめな私に対して、彼は極端な筆無精だった。それまでたった一度だって、彼から手紙をもらったことなどなかった。
最初で最後のたった一通の手紙は、二行だけで終わっていた、私の胸騒ぎは的中していた。先を急ぐとでもいうように、手紙を投函した後、彼は逝ってしまった。
彼に何があったのか。彼は何も言ってくれなかった。彼にとって私は、一体何だったのだろう。悔しさとあまりの呆気なさに涙も出なかった。けれどたった二行の手紙を読み返していると、「言わなくても、それくらいわかるだろう」といつものぶっきらぼうな彼の声が聞こえてくるような気がした。
あれから私は、随分長く生きてしまった。彼は相変わらず20代のままで、発掘しながら全国を歩いているのだろうか。
忙しなく行き交う人に体を小突かれて我に返ると、彼はあの時と同じように、振り向きもしないで私を残して、人混みに消えていった。
(02.05.01)
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