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おじいさんのけむり その8


 ぼくはおじいさんのことを、よく知らなかった。
 どんな家をどんなふうに建ててきたか。何を思い何を考えて、毎日すごしていたのか。
 もっと話をすればよかった。もっとおじいさんのことを、わかってあげればよかった。

 貯金箱(ちょきんばこ)を作ってもらったときのことを思い出した。
「なあおじいさん、もっと大きな家作れるか?」
 おじいさんは、得意そうにいった。
「そら作れるとも。」
「そんなら今度は、もっと大きな家作ろうな。ぼくが入れるくらい大きな家。」
「おお作ろう。ひろが大きいなったら、二人で作ろう。」
「ほんまにか。約束やで。」
「ああ、約束や。」


 おじいさんは、ほんまに作ろうと思とったんかもしれへん。また元気になって、ぼくとの約束を、守るつもりやったんかもしれへん。きっとそうや。
 だから毎日、天気予報を見てたんや。ノミを大事にしまってたんや。
 最後まで大工(だいく)さんやった。ぼくとの約束を守るために、大工(だいく)さんやった。
 ちくしょう。また涙が出てきた。


 うつむいていると涙がこぼれそうで、上を向いた。
「わあ、夕焼けがきれいや!」
 西の空が、あかね色ににじんでいた。

 おじいさんは、もうこんなきれいな夕焼け、見られへんのやな。

 きょうの夕焼けを、忘れないでおこうと思った。おじいさんと別れた、そしておじいさんのことがわかりかけた、きょうの日を覚えておこう。
 そしておじいさんの分まで、夕焼けを見ようと思った。青空も星空も、それから朝焼けの雲も、いっぱい見ようと思った。
「おじいさん、これからはぼくが忘れんように、毎日天気予報見るからな。」

 夕焼けの空に向かって、建物からけむりが上がったような気がした。
 ぼくは、こぶしで涙をふいて、立ち上がった。

おじいさんはけむりになって天国へ行ったのでしょうか。貯金箱の中には、おじいさんの大切な思い出が入っています。ひろしやけんいちの心の中には、今もおじいさんが生き続けています。そしておとうさんやおかあさんの中にも。

おじいさんのけむり おわり

「うおのめ文学賞エントリー作品一覧」へリンクします最後までお読みいただきありがとうございました。この作品は、
「第4回うおのめ文学賞」(児童文学部門)を受賞しました


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