やがて時が過ぎても
今日の空を忘れない
黒井健の画集「ハートランド」は、そんな言葉で始まっている。
表紙のカバー「to Spring」は、一本道が丘へ続いている。両脇に拡がる草原にはタンポポだろうか菜の花だろうか、金鳳花かもしれないが、まるで絨毯の模様のように咲いている。一つ坂を越えてまた坂を昇るとその上には一軒の小さな家が、空に浮かんだ雲を見上げるように建っている。風さえも息を細めて渡るような、穏やかな春の日。
黒井健のイラストに始めて出会ったのは、私が夢を見るのを止めた頃だった。私は身の程もわきまえず、しまったと思った。新美南吉の「ごんぎつね」「手ぶくろを買いに」を見たときには、こんな人と一緒に仕事がしたかったと、できもしないことを後悔した。
別の画集で「絵を描いて一生過ごしたいと心に決めたのが25歳でした」と書いている。物を書いていることに、後ろめたさのようなものを感じていた私などとは志が違うのだ。やわらかいやさしい絵には、彼のそんな強い意志が描かれているのだろう。
私は長い間、あの日の空を忘れていた。ずっと欲しかった「ハートランド」を手にして、そんなことを思い出した。(13.04.06)
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