雨に日のモーツァルト
夜の雨は冷たくアスファルトを濡らしている。
水しぶきを上げて車が通り過ぎる。部屋の前を通るたびに、誰か来たのかと息をこらすが、音は止まることもなく行き過ぎるばかり。そんな軽い失望を消そうと、モーツァルトをボリュームいっぱいに鳴らす。
気がかりなことがある。それよりもそんなことを気にかけている自分に苛立つ。胸の内の澱みを吹っ切ろうとするけれど、かえって不安はつのる。
40番のアンダンテは、透明感をたたえて静かに内におし寄せる。やがて胸の中を溢れるばかりの静寂で満たしていく。
どうしようもないこともある。人の思いでは、どうにもならないこともあるのかもしれない。そういうことを気にかけていることの愚かさが、まるで波に崩れる砂の山のように、形を失っていく。
モーツァルトは、いかにして神に近づき、どのようにして神に触れることができたのだろう。彼は、この世に神が存在することを、奇蹟が起こりうることを、音楽で人々に示したのかもしれない。
曲が終わると雨の音も車の音も、夜に吸い込まれて聞こえなくなっていた。
(01.11.30)
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