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街のスケッチ(2)−星空のダンス

「ああよかった。今年も着られたわ」
RISさんは、鏡の前で胸をなで下ろしました。結婚前に買ったドレスが、いつまでも着られるように体型を維持していくのは、かなり辛い。これまで頑張って来られたのは、ダンスをやっているおかげ。いや、今日の日があるからかな。
RISさんはうれしくなって、くるっとターンしました。真っ赤なドレスの裾が、ふわっと舞いました。

「あ〜あ、やっぱり来るんじゃなかったわ」
RISさんは、今にも逃げ出したくなるのをこらえて、壁にもたれてじっとしていました。
ダンスパーティ会場は、色とりどりのドレスを身にまとった女性と、エスコートする男性で溢れていました。華やかなライトと心地よい音楽の中、幸せそうな人ばかりでした。
「大体彼女がいけないのよ。行けば何とかなるなんて誘ったくせに、自分だけ都合が悪くなったなんて。踊れもしないのに、こんなドレスまで買ったのに」
友達がダンスパーティの券が手に入ったから行こうと、誘ってきたのは4・5日前のこと。軽い気持ちでOKしたことを悔やみました。この曲が終わったら帰ろう、次の曲まで我慢しよう。会場に入ってからうつむいたまま、そんなことばかり繰り返し考えていました。

「踊らないのですか」
顔を上げたRISさんは、声を上げそうになりました。そこには先日ドレスを買った「ダンスブティック」で、親切に応対してくれて男性が、見違えるばかりの姿で立っていました。
やっと顔見知りの人に出会った安堵に、思わず涙が溢れてしまいました。
「ちょっと外へ出ましょう」
そう言うと男性は、庭の方へ歩き出しました。
息が詰まりそうな会場から抜け出せたことで、寒さは気になりませんでした。ダンスのことを聞かれたらどうしよう。RISさんはベンチに並んで腰を下ろし、じっと黙っていました。
「僕は、星を見るのが好きなんです」
「えっ」
「好きといっても、星座なんかまったく知らないし、天体望遠鏡で観測するんじゃなくて・・・」
彼の声にはじめて空を見上げました。
「こうやってただぼんやり眺めているだけなんです。知ってましたか、そこに見えている星も何億光年も地球から離れているんですよね。だから今輝いている星も、もう消えてなくなっているかもしれない。」
星ってどうしてあんなにきれいなんだろう。RISさんの耳には、彼の声が音楽のように聞こえていました。
「そんなことを思うと、宇宙の果てしなさに不思議な気持ちになります。嫌なことや辛いことがあると、いつもこうやって星を見るんです。」
そう言ったきり彼は黙って、じっと星を見つめていました。RISさんも何も言えずに見つめていました。
「寒くないですか」
彼は自分の上着を肩からかけてくれました。RISさんは、ただぼーっとして夢の中にいるようでした。 夜空には、星が寒々と輝いていました。それでも体中がぽっと暖かく、このまま時が止まってくれればいい と思いました。
遠くでワルツが流れていました。

「オーイ、早く出ておいでよ。星がとってもきれいだよ」
外に出ているご主人の声が聞こえてきました。
「も〜、せっかく人が思い出にひたっているのに」
二人で星を眺めた夜から、RISさんは頑張ってダンスを習いました。ドレスを何着も揃えました。ドレスの数が増えるたびに、お互いに惹かれていきました。そんな二人が一緒になるのに、長い時間など必要ありませんでした。 気がついたときには、RISさんは「ダンスブティック」の店長になっていました。
RISさんは、鏡の前でポーズをとって、もう一度くるっとターンしました。

外はもう真っ暗でした。店の隣の駐車場は、街灯に照らされてそこだけ浮かび上がっていました。
「奥様、お手をどうぞ」
RISさんはちょっとテレながら、差し出したご主人に、手を重ねました。
「君はあの夜のままだよ」
ご主人が踊りながら小さく囁きました。
「失礼ね。随分踊れるようになったわよ」
RISさんはうれしくて、そう言ってごまかしました。
「そういえばあのときはひどかったよね。君が入ってきたときからずっと見ていたんだけど、どうなることかと心配だった」
「ひどい!わかっていたのなら、どうしてもっと早く声をかけてくれなかったのよ」
抗議しながら、今年も同じことを話していると、おかしくなりました。 結婚してから毎年、はじめて出会った夜に踊ろうなんて、随分変な人だと思いました。それでも何年たっても変わらないご主人は、あの夜と同じくらい素敵でした。

あのとき友達が誘ってくれなかったら、友達に急用ができなかったら、今こうして踊っていないかもしれない。
いいえ、そうじゃないわ。あの夜、あんなに星がきれいじゃなかったら、きっと私はシンデレラになっていなかった。RISさんは、そんなことを思いながら踊り続けました。
遠くからあの夜のワルツが聞こえていました。
空には降ってきそうな星が、一面に散らばっていました。まわりのものはもう見えません。いつの間にか、星空でダンスをしていました。

街はすっかり闇につつまれ、寝静まっていました。
遠くの尾島保険事務所から、小さな明かりがもれているだけでした。

この話はフィクションです。お名前や題材は拝借していますが、実在する人物やサイトとはまったく無関係です。お間違えのないようにお願いします。

実在のサイトは下記にあります。是非お訪ね下さい。
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