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おじいさんのけむり その2


 離れができあがった翌年、おばあさんが死んだ。
 死んだときのことも、その後のそう式のことも何も覚えていないけれど、おじいさんが泣いたのだけは覚えている。
 「わしを置いて先に死んでしもた。」
 いつもえらそうにしているおじいさんが泣いたので、びっくりした。
 一人になったおじいさんは、急におとなしくなってしまった。じっとして考え込むことが多くなった。毎朝決まった時間に起きていたのに、お母さんが起こしに行くまで寝ている日もあった。
 一日に何回もごはんを食べたり、昼と夜をまちがえて夜中に起き出したり、変なことが多くなった。
 しばらくすると、一日中ベッドに寝ているようになった。ご飯もお母さんが食べさせた。
 そのうち、話しかけてもほとんどしゃべらなくなってしまった。


「離れを建ててから、悪いことばっかりや。おふくろは死ぬし、おやじはあんなことになる。おれの仕事もさっぱりや。離れを建てたんが悪かった。」
「何をあほなこというてはるの。お母さんはもうお年やったし、お父さんかって同じよ。誰かって年をとったらボケるものよ。」
「あんたの仕事は、不景気のせいやないの。吉田さんとこも、工場やめはったやないの。」
 ご飯を食べたあとで二人が話しているのを、アニメを見ながら聞いていた。いつもお母さんが押し切る。
「そんなことよりね、私パートに出ようと思うの。信号のむこうのスーパーが、レジを募集(ぼしゅう)しているのよ。けんいちも小学生になって、手がかからなくなったから。」
 お母さんパートへいくんか?おじいさんはどうなるんや。

「そんなこというても、おやじをほっとくわけにもいかへんやろ。」
「そのことなんやけどね。下のおばあちゃんに話したら、それくらいやったらめんどうみてあげるいうてくれはったんよ。お昼ごはんは作っておいたら、食べさせてくれはるし。」
「なんぼそういうてくれはっても、他人のおばあちゃんにたのめへん。」
 珍しくお父さんは食い下がった。
「そんならどないするのよ。今のままやったらやっていけへんのよ。子供も大きくなってお金がかかることばっかり。」
「そらそうやけど・・・」
「私かって何も好きで、お父さんをほっといて働きたいわけやないのよ。」
 お父さんは、いつものように黙ってしまった。
「それにひろちゃんもおってくれるもんね。」
「ひろちゃん、学校が終わったらまっすぐ帰って来て、おじいさんの部屋へ行ったげてね。」
 なんでぼくの方へまわって来るのんや。ぼくかってサッカーで忙しいのやから。それにこんなときだけ、ひろちゃんなんてやさしいこという。お父さん、なんとかいうてくれたらええのに。
 けっきょくお父さんは押し切られた。


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