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おじいさんのけむり その3


 こんな遅うなってしもた。
 サッカーが終わったあと、ともちゃんが新しいゲームの話をしてきた。夢中(むちゅう)で話していると、まわりが暗くなってしまった。
「ごめん、先に帰るわ。」
 いつもならドリブルしながら帰るけれど、きょうはそんな余裕(よゆう)ない。早く帰らないとおじいさんが待っている。サッカーボールをかかえて走った。
 (となり)の魚屋の前までくると、もうシャッターがおりていた。
 国道は相変わらず大型トラックが、ビュンビュン飛ばしている。いつもならかっこいいと思うけれど、きょうは腹が立つ。なかなか渡れない。
 信号つけたらええのに。もう待っとられへん。
 思い切って横切った。トラックがクラクションを鳴らして走って行った。
 うるさい、わかっとるわ!

 ボールを放り投げて、おじいさんの部屋へ飛んでいった。
「おじいさん、ごめん。サッカーしてたら遅うなってしもた。」
 部屋の中は真っ暗だった。
 けんいち、電気ぐらいつけてくれたらええのに。
 手探(てさぐ)りでスイッチをつけた。おじいさんはよく寝ていた。そろそろ天気予報の時間だった。
「おじいさん、天気予報するよ。」
 天気予報のどこがおもしろいんやろ。ようわからへん。あんなもの毎日見てるんやから、やっぱりボケとるんやわ。
「おじいさん、起きよ。天気予報はじまるよ。」
 ほんまによう寝とる。
「おじいさん、おじい・・・」

 えらいことや、どないしよう。
 おじいさん起きへん。体ゆすっても、大声でどなっても目あけへん。


 いつもと様子が違う。急いで下のおばあちゃんを呼びに行った。
「ひろちゃん、お父さんとお母さんに電話して。すぐ帰るように電話するんや。はよ、今すぐや!」
 いつもはやさしいおばあちゃんが、こわい顔をしていった。
 お母さんはすぐに帰ってきた。スーパーの制服を着たままだった。お父さんも少し遅れて帰ってきた。
 しばらくして永田医院の古い先生が来られた。先生は、おじいさんの手をにぎったり、目にライトをあてたりしていわれた。
源造(げんぞう)さん、いろいろとお世話になりました。」
 そして手を合わせて頭を下げられた。
「おとうさん!」
 お母さんの泣き声だけがひびいた。
 ぼくは、入口に立ったまま動けなかった。





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