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おじいさんのけむり その6


「きみちゃん、それは違うのよ。」
 おばあちゃんが、お母さんを抱きかかえるようにしていった。
「私は、押しつけられたなんて思ってないわ。それより、ありがたいと思ったのよ。」
「あんたは知らんと思うけれど、昔源造(げんぞう)さんにとてもお世話になったの。だから、あんたから源造(げんぞう)さんのことを(たの)まれたときは、少しでも恩返しができると思ってうれしかった。」
 お母さんは、ハンカチを目に当てていた。おばちゃんたちも泣いていた。
「年をとるとさみしいものなのよ。生きていることがさみしい。」
「だから年寄りでも誰かの役に立てるというのは、本当にうれしいの。」

「それからね、源造(げんぞう)さんはちゃんとわかってはったんやと思うの。
 私が世話をしていると、両手を合わせていわはったんよ。お母さんすまんのうって。」
「最初はあんたと私を間違えてはると思ったけれど、そうやなかったの。私が帰るときに、私にもいわはった。まさえ、いつも悪いのう・・・。」
 おばあちゃんも涙声だった。
源造(げんぞう)さんは、きっとあんたにわびてはったんやと思う。自分の世話をせんと、パートに出んとあかん、あんたのつらい(むね)のうちを、ちゃんとわかってはったんや。」
「お父さん!」
 お母さんがまた声を出して泣いた。

「ひろちゃん。」
 おばあちゃんの声はやさしかった。
「かわいそうやと思うひろちゃんの気持ち、おじいさんはきっと喜んではる。
 でもな、死んでしもたら、熱いことも痛いこともないのんや。だから安心し。
 死んで焼かれたら、骨と灰だけになってしまうけれど、つらかったこともけむりになって消えてしまう。けむりになって天国へ行くのや。
 おじいさんが天国へ行けるように焼くんやから、何も心配せんでええ。」

「そろそろよろしいでしょうか?」
 係の人がいわれた。
「すみません。よろしくお願いします。」
 お父さんとお母さんが、深々と頭を下げた。
 ぼくは、やっぱり悲しかった。


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