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おじいさんのけむり その7


 一人外へ出た。駐車場(ちゅうしゃじょう)をぶらぶらして、池の方へ歩いて行った。池には大きなコイがいた。近づくとエサをもらえると思ったのか、ぼくの方へ泳いで来た。

 年寄りになるとさみしいと、おばあちゃんはいったけれど、おじいさんも一人でさみしかったんやろか。おばあさんが死んで、一人になったと思ったんやろか。
 一人やないのに。ぼくは、おじいさんが大好きやった。
 けんいちかてそうや。お父さんもお母さんも、おじいさんのこと大事にしてた。みんなみんなおじいさんのこと、大切に思っていたのに。
 それでもさみしかったんやろか。それが年寄りになるということなんか。
 ぼくにはわからへん。
 お父さんやお母さんも、しまいにはボケるんやろか。ぼくもけんいちも、いつか死ぬんやろか。

 そんなことを考えていると、自然と涙が出てきた。

「ひろし」
 いつの間にか、お父さんが後ろに立っていた。
「これおまえにやる。」
 白い布に包んだ物を、ぼくに渡した。小さいのにずしっと重かった。
「これなんや?」
「おじいさんのノミや。」
「ノミ?」
 包みを広げると、木の先に()がついた、大きな彫刻刀(ちょうこくとう)のようなものだった。
大工(だいく)の道具や。材木に穴をあける道具や。おじいさんの部屋から出てきた。」
「そんなら、お父さんが持っとったらええやんか。」
「おれよりもおまえが持っている方が、おじいさんも喜ぶやろ。おまえには、おじいさんみたいになってほしい。」
「ぼくに大工(だいく)さんになれいうのんか?」
「そうやない。」
 お父さんは、しゃがんでコイを見ながらいった。
「そうやないけど、おじいさんみたいな人になってほしいのや。」
「おじいさんは立派な大工(だいく)やった。仕事がようできたこともあったけれど、それだけやなかった。おじいさんが建てた家は、建前に雨が降ったことがなかったんや。」
 ぼくもお父さんの横にしゃがんだ。
「おじいさんは、いつも天気の周期のことを考えていた。いつ頃から雨になるか、いつ頃は天気が続くか。それによって、建前の日を決めていたんや。」
 そうやったんか。それでいつも夕方になると、テレビの天気予報を見てたんか。
大工(だいく)の仕事を立派にやるのは、そら大事なことやけれど、大切なんはそれだけやないのかもしれへん。」
 大切なんは、それだけやない?
「家は後々まで形が残るけれど、建前の日に天気がよかったことは、日が()てば忘れられてしまう。それでもおじいさんは、そういうことも大工(だいく)にとって、大切なことやと思っていたんやろな。」
 建物からお母さんの呼ぶ声がした。お父さんは、手を上げて答えた。
「おじいさんは、形やなくて人の心に残るような仕事を、してきたんかもしれへん。」
 そういうと、立ち上がって建物の方へ歩き出した。
 お父さんはおじいさんのこと、ちゃんとわかってたんやなあ。
 お父さんが立ち止まり、振り返った。
「おまえのおじいさんは、そんな人やったんや。」


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