宮城県でお話したこと
思いを伝える
私はどうしたかといいますと、私という人間を知ってもらおうと思いました。
米や米作りに対する思いをわかってもらうことによって、私の米をわかってもらおうと思ったわけです。
米のホームページを見ると、ほとんどの農家が農作業の様子や田んぼの写真を掲載されています。私も最初はそうしていました。
1年はそれでもいいわけです。ところが2年目からは、同じことになってしまいます。田植えにしても稲刈りにしても、毎年そうそう違うことをするわけではありません。特別な農法で作っていない限り、他の農家とも同じです。
稲穂が実った写真にしても、他の田んぼと区別できません。結局他の米と違いがないわけです。
でも人の思いは、その時によって違います。当然他の人とも違います。
同じ田植えでも、例えばある年は両親が元気だったから、家族全員でにぎやかに田植えをした。またある年は両親が相次いで亡くなって、子供も都会へ行って、夫婦二人だけだった。これから先子供が後を継いでくれるだろうか、減反はいつまで続くんだろうか、そんなことを考えるとなんだか不安になった。そんな年もあるわけです。
私はその時々の思いや考えを載せました。
中にはそういう暗い話題は、載せない方がいいという人もいます。でも私はそうは思いません。後継者問題や減反問題、農作業の辛さ、そんなものを全部ひっくるめての農業ですし、米だと思っています。
米や農業のことに限らず、家族のことや田舎の近所つき合いの煩わしさ、そして自分の趣味など、なんでも載せました。
「物語」を買って下さい
どの農家もホームページや米に、キャッチフレーズを作っておられると思います。
「米を売ろうと思うからつまらなくなるのです。だから物語を買って下さい。」
私は、そんなふうに載せています。
最初「物語」というのは、種まきをして田植えをした稲が、生育して穂が出てやがて米になる。そういう生育のプロセスを、「物語」として受け取ってほしいということでした。
それが北海道の大友さんという男性に買っていただくようになってから、「物語」の意味が変わりました。食べていただいた感想のメールは、本当に素晴らしいものでした。
初めて食べるときに、どんな米だろうと炊きあがるのを、ご家族で楽しみに待っていただいたというのです。
その時に、子供の頃を思い出した。夕食がカレーの時に、自分は固形のカレー粉を削る役、姉はルーを担当。そして母がいつもより多めのご飯を炊く。炊きあがるのをみんなで待った。そんなことを思い出した。
そんな話や、どんな田舎でどんなふうに米を作っているのだろうかというようなことを、みんなで話し合った。そしてご飯を食べながら、家族団らんの楽しい一時を過ごせたことが、とてもうれしかった。そんなことが、素晴らしい文章で綴られていました。
それを読んだときに、私が作りたかったのは、こんな米だと思いました。
私の米を食べていただいて、昔を思い出したり、楽しい一時が過ごせる、新しい何かが生まれる、そんな米が作れたら、どんなに素晴らしいだろうと思いました。そしてそれが「物語」なんだと思いました。
大友さんに限らず、たくさんの方から食べていただいた感想が届きます。ご家族の食卓の様子や、おにぎりにして食べたらおいしかったというお便りもたくさんあります。
おにぎりにして夫婦で公園で食べた。子供の頃母親が作ってくれた遠足や運動会の弁当を思い出して、とても懐かしかった。早くにお母さんを亡くされた男性から、そんなお便りも届きました。青森の両親のことを思い出したという大学生もいました。
実家の両親に安全なおいしい米を送ってほしいと、いつもご注文いただく女性もいらっしゃいます。
ホームページで情報を発信するのは簡単です。でも発信した情報を受け取って、送り返してもらうことはなかなかできません。
ホームページを作ったり米を売るということは、いわば一方通行です。
そうじゃなくてお互い双方の交流があるということ、双方向性ということが大切なんだと思います。インターネットの本質は、私はその「インタラクティブ」ということにあると思います。
「自分でいること」に続きます。